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『恍惚的宇宙論 / トランス・レイヴ・コスモロジー (Trance-Rave Cosmology)』
芙苑晶 with トランス・レイヴ・ドーターズ |
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インタビュアー: Kate O'Connell
日本語版翻訳:三珠アケミ
日時:2007/09/13
収録:ワシントン州、Studio Lavalamp にて |
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『恍惚的宇宙論 / トランス・レイヴ・コスモロジー (Trance-Rave Cosmology)』
(2007)
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| Q: |
今回発表されたニューアルバム『恍惚的宇宙論 / トランス・レイヴ・コスモロジー (Trance-Rave Cosmology)』(芙苑晶 with トランス・レイヴ・ドーターズ)が制作されたきっかけは? |
| AQi: |
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ここ数年、僕らのレーベル、Lavalamp Records(米国、ワシントン州/日本)では、ファンからのリクエストを集めていたんだけど、今は入手困難な僕の古いソロ・アルバムや、僕の80-90年代のバンド・プロジェクト、幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)、日本のファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット等のリマスター盤を出して欲しいというリクエストが、圧倒的に多かったんだ。
その中では僕のソロアルバムの『宇宙論(Cosmology)』の再発リクエストが一番多かったので、去年(2006年)、真っ先に復刻盤を出したんだけど、『宇宙論(Cosmology)』以外ではどのアルバムが一番ということはなくて、「どのアルバムも出して欲しい」ということで、ほとんど同点になってしまった。
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そこで最初は、過去のアルバムから曲をセレクトして、AQi Fzono のベスト・ヒット・アルバムのようなものを出そうというプランが、レーベル・スタッフの間で持ち上がっていた。でも、ミーティングがあった時、僕はスタッフに、「僕はチャート入りを狙って曲を作るようなアーティストじゃないし、ただのベスト・アルバムは出したくないな」と言ったんだ。
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その一方で、ここ数年、トランス・レイヴ・ドーターズが僕の曲をトランス・テクノなどのクラブ/ダンス・ミュージック・トラックにリミックスし直しては、クラブや野外のレイヴ・パーティなどでかけてくれていた。
そこで、その二つのプロジェクトが合体し、クラブ/ダンス・ヒッツ・コレクションでありながら、同時に、AQi Fzono のベスト・ヒット・アルバムとしても聴けるような作品にしようというプランになっていったんだ。それがきっかけだよ。
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トランス・レイヴ・ドーターズとのコラボレーション
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| Q: |
今回、日本のガールズDJデュオ、トランス・レイヴ・ドーターズとコラボレーションした理由は?
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| AQi: |
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彼女たちは元々、僕が80-90年代に日本でやっていたトランス・バンド、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットの熱烈なファンで、僕らに影響を受けて音楽活動を始めたんだ。
僕らのバンドが解散した97年に、僕のソロ・アルバム『宇宙論(Cosmology)』のレコーディングに彼女たちが参加して以降、僕と彼女たちはアーティスト同士として交流があった。
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今回彼女たちとコラボレートしたのは、彼女たちは二人とも1980年生まれの新しい世代で、僕にはない感性を持っていると思ったんだ。
新しい世代のアーティストとコラボレートすることで、僕が過去に書いてきたオリジナル曲に新しい息吹、2007年という時代の息吹を吹き込めるだろうと思ったんだ。
この予想は、当たっていたよ。彼女たちはとてもセンスがいいし、実際、よくやってくれたよ。
僕は最初、もうちょっとラフな感じの仕上がりをイメージしていたんだけど、出来てみると、なかなかクオリティも高く、楽しいアルバムになったと思う。これはドーターズのお陰だよ。
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とくに好きな曲は? |
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| Q: |
アルバム収録中の全13曲のトラックは、ほぼどの曲も、ファンにはおなじみの有名な曲ばかりですが、あなたがとくに思い出に残っている曲、あるいは特に好きな曲はありますか? |
| AQi: |
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それは一番難しい質問だ!(笑) もし答えるとしたら、「どの曲も」としか言いようがないね。
今回はとくに、トランスを中心に、テクノ、ハウス、ブレイクビーツなど、いろんなスタイルの曲がヴァラエティ豊かに入っている。どの曲にも、それぞれの時代の想い出があるし、曲を聴けば、その曲を創った当時のことを想い出すことがある。
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だからどれが好きと言うのは難しいけど、僕のソロ作品では「Ruins 2」「Cosmology 5」「Cathedral 1」、オーロラ・ヘッズ[aka. 幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)]では「Mrs.Cyborg」「Electrode Land」、このあたりは、いろんな国のクラブやファッションショーなどでもよくDJがリミックス・トラックをプレイしていたことがあり、僕が過去に書いた中ではポピュラーな曲だから、リスナーの中には、「これは聴いたことがある」と言う人もいるかもしれないね。
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そうそう、そのへんで言うと、面白いエピソードが一つあるんだ。
僕が以前、ベルリンかどこかのクラブに客として遊びに行った時、DJがたまたま「Ruins2」のトランス・ミックスをかけたことがあった。そしたらクラブが異様に盛り上がっちゃって、ウォーッという感じで客たちが興奮して、凄いトランス状態になってしまったんだ。
その時僕は、たまたまカウンターバーにいて、バーテンとしゃべっていたんだが、バーテンが「この曲、いいトラックだねー、誰の曲だっけ?」とそこにいたみんなに言った。
僕は何か言おうとしたんだが、笑っちゃって、声が出なかったんだ。すると近くにいた若いスキンヘッドのクラバーが「決まってるだろ、これはUnderworldさ ! 」と自信満々に答えたんだ(笑)。
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このアルバムは、1980-90年代へのオマージュでもあるんだ |
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| Q: |
しかしこのアルバムには、ただの「クラブ・ヒット・ナンバーの寄せ集め」ではない、ある統一されたカラーが感じられますね。 |
| AQi: |
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| Q: |
そう言えば、今年・2007年は、あなたのプロ・デビュー20周年の年でもありますね。 |
| AQi: |
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そう。それはたんなる偶然なんだが、宣伝文句には都合がいいね(笑)。
ただ、面白いことに、僕のプロ・デビューした1987年は、アシッド・ハウス元年でもあったんだ。僕は不思議なことに、アシッド・ハウスには縁があった。
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットは、のちにトランスやレイヴのアジアにおける第一人者と言われるようになったバンドだったし、僕のデビュー・アルバムとなった『燐光(Phosphorescence)』(1988)では、アシッド・ハウスやサイケデリック・アートなどからの影響が大きかったんだ。
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どんなに独自のスタイルを持ったアーティストでも、その時代、時代の影響を受けている。モーツァルトが17世紀のバロック音楽の、ピカソが20世紀初頭のシュールリアリズムの影響を受けていたようにね。
僕もそうだよ。僕は西洋のクラシックや東洋の音楽の影響と同時に、20世紀後半のサイケデリック音楽やサイケデリック・アートの影響を受けていると思うんだ。
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僕の音楽の主軸になっていたものは、
「トランス」的な音楽だったと思う |
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| Q: |
あなたは、シンフォニック・テクノなどの新しい音楽ジャンルの発明者としても国際的に有名ですが、一方でトランス前史の1980年代末から、今で言う「トランス」と言えるようなサイケデリックで宇宙的なカラーの電子音楽を手がけてきたパイオニアの一人でもありましたね。
とくに、あなたのソロアルバムでは、幻想的で広がりを持つイメージや、純粋な電子音楽としてのトランス・ミュージックという点で、ジャン・ミッシェル・ジャールやクラウス・シュルツェなどの初期のプログレッシブ・エレクトロニック・ミュージックのリスナーにも、あなたの熱烈な支持者は多いようですが、そのあたりはどうでしょう? |
| AQi: |
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たとえば、アシッド・ハウスは、今で言う「トランス」の元祖のような音楽でもあったことを思い出して欲しい。
僕は元々クラシックを勉強していたけど、クラシックの手法には限界があると感じ、17才の頃には、サイケデリック・ロックや民族音楽やアシッド・ハウスなどの手法を導入することで、トランス・ミュージックの元祖となるような新しい電子音楽を創り出そうとしていた。だからトランスは、僕のもう一つのルーツなんだ。
僕のアルバムは、ジャンルをクロスオーバーさせた作品も多いが、振り返ってみると、その初期の音楽の主軸になっているものは、「トランス」的な音楽だったと思う。今回のように、僕の代表曲を集めてみると、そのことがわかるだろう。
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だけど同時に、デビュー・アルバムの『燐光(Phosphorescence)』(1988)では、僕はアシッド・ハウスの手法を僕なりに消化しようとしていた。
僕の出発点だったクラシックや、僕がトラヴェラーとして世界各国を放浪中に聴いてきた民族音楽などの持つ要素を盛り込んで、自分のスタイルを創ろうとしていた。その結果、非常にユニークなものになった。
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そういったプログレッシブ・トランス的な作風が、ジャン・ミッシェル・ジャールやクラウス・シュルツェのような第一世代のシンセサイザー・アーティストに通じるものがあるかもしれない。
ただ、僕は個人的にジャールの音楽は好きだけど、でも、僕の音楽は、彼とはまた違うと思うよ。むしろ、スペイシーなトリップ感覚という点では、どちらかと言うと、初期のシュルツェに近い部分がある気がするんだ。
・・・とは言っても、彼らとは世代が全然違うし、僕は僕だと思うけど。
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トランス音楽の予言者として
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| Q: |
現在ではトランス音楽のパイオニアの一人と言えるあなたから見て、「トランス」とは何でしょうか? |
| AQi: |
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僕が17才の頃に、1987年にニューヨークで幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)を始めた頃、「トランス」という音楽ジャンルは、まだなかった。
僕らは、テクノでもハウスでもない、コンピューターのビートを主体にした新しいサイケデリック・ミュージックを創ろうと考えていたんだ。
言ってみれば、タンジェリン・ドリーム、ピンク・フロイド、グレイトフルデッド、後期ビートルズ、それにネイティヴの民族音楽を合体させたような電子音楽を創ろうとしていたわけだ。
だからその頃僕らは僕らの音楽を「コズミック・トランス・ロック」と言っていたね(笑)。
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トランスは、数あるダンス・ミュージックのジャンルの中では、一番ロックに似ているところがある。時間を忘れて陶酔してしまうようなアシッド感と同時に、情熱的で、踊り出したくなるようなビートのフィーリングが似ていると思うんだ。
そこがクラフトワークやYMOのような、無機質なオールドスクール・テクノと違うところだ。
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80年代のオールドスクール・テクノのアーティストたちは、無機質な現代の機械文明を賛美する思想を持っていたが、それは閉鎖的な方向性であり、未来につながらないと僕らは感じていた。
僕らは、彼らと似たような電子楽器やコンピューターを使いながら、ロックや民族音楽の持っているダイナミズムや解放感、情熱やセクシャルな感性を表現しようと試みていた。
言ってみれば、僕らはアンチ・オールドスクール・テクノの音楽家だったんだ。それが結果的に「トランス」の発見につながったんだ。
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いわばトランスとは、ロックとテクノのハイブリッドでもあると思うんだ。だから僕は1988年には、「トランスは21世紀のロックになるだろう」と予言していたんだよ。
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しかし、僕の考えでは、トランスというのは、たんにテクノとロックのアマルガムじゃない。それ以上だ。
トランスというのは、ロック、民族音楽、ハウスなどの要素が合体した新しいビート感・陶酔感を持った電子音楽だね。
その陶酔感は、コンピューターで刻まれたシンセサイザーの細かいシーケンス・サウンドに負うところが大きい。
これは歴史的に見ると、1990年代以前には全くなかった音楽で、そこがロックとも現代音楽のミニマル・ミュージックなどとも違うところなんだ。
- しかしもっと大きな視点で見ると、「トランス音楽」は、とても長い歴史を持っている、とも言える。
古くは土着のネイティヴの音楽や、アジアの古代の宗教儀式などでシャーマンが踊る時に使われていた音楽などは、今で言う「トランス」の元祖だと言える。そういう意味では、ロックやクラシックよりも古い音楽だとも言えると思う。音楽の歴史の出発点にそういう考え方があったんだから。
- 80年代の終わりに僕らが創ろうとしていたのは、そういう原始音楽の延長線上にありながら、モダンなダンス・ミュージックの手法や電子楽器のビートを合体させた新しい音楽だった。
そういう要素は同時に、初期の幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)、日本のファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット、そして僕のソロ・アルバムやなどで予言されていたものだったと思う。
だから僕にとってはそれは結果で、目的じゃなかったんだ。
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トランスというジャンルは無限の可能性を秘めている |
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| Q: |
現在、「トランス」もすでにメジャーな音楽の一つになっていますが、あなたの手がけてきた音楽は、それらと重なる部分がありながら、同時に芙苑晶の独特なカラーが出ていますね。「アキ・フゾノ・トランス」とも言えるような。 |
| AQi: |
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それは今言ったような、僕自身の模索の結果だと思うよ。
今、2007年の時点では、すでに「トランス」と言われるジャンルが存在し、メジャーのレコード会社も数多くCDをリリースしているが、そのほとんどはアップテンポのダンス・ミュージックの一部として認識されている。
しかしこれは、狭い考え方だと思うんだ。アップテンポのダンス・ミュージックに該当する「トランス」があってもいいが、それは「トランス」の可能性のほんの一部に過ぎない。「トランス」はもっと大きなジャンルだと僕は思っているんだ。
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すでに言ったように、僕は「トランス」というジャンルが出てくる以前から、テクノのビートにいろんなジャンルの音楽を結びつける実験をしてきていた。
とくに僕のソロ・アルバムでは、クラシックや民族音楽、現代音楽、ミュージック・コンクレートなどを結びつけ、より宇宙的・幻想的で壮大なサウンド・スケープを創り出そうとしていたんだ。だから当時は、「サイケデリック・テクノ(Psychedelic Techno)」とか「エレクトロニック・アシッド・ミュージック(Electronic Acid Music)」などと言っていたね。
- たとえば僕は、1990年代初期にジャーマン・トランス・テクノが流行った時、これがイコール、トランス音楽の定義になったら危険だと思った。そこで、「ダウン・テンポのトランスもある」と公言していた。その当時すでに、「ダウナー・トランス(Downer Trance)」「アッパー・トランス(Upper Trance)」という言い方をしていたんだ。
- ダンス・ミュージックとしての「トランス」は、「トランス」のほんの一部の可能性に過ぎないと僕は思うんだ。リスニング・トランスだって、トランスのバラードだって、作れると思う。ただ、そういう音楽をまだほとんど誰も作ってないだけだ。
たとえば『宇宙論(Cosmology)』に入っている「Cosmology 2」を聴いてみて欲しい。これをもしクラブでかけたら、トランスだなんて誰も思わないだろう。でも僕のファンの中には、「これこそ真のトランス・ミュージックだ!」と感激したようすでメールを送ってきてくれた人がいたよ。
どういうことか、わかるかな?
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| Q: |
あなたは当時、インタビューで主張してましたね。"いくらビートが「トランス」風になったところで、リスナーの意識を恍惚とさせ、宇宙へ飛ばせければ、「トランス・ミュージック」とは言えない"。 |
| AQi: |
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そう。そこが、クラフトワークのようなオールドスクール・テクノとある意味正反対なところだ。
だって英語で Trance というのは、「恍惚」とか「陶酔」という意味だろう? トランス・ミュージックは、ホットで、人間の意識をヴァーチャル・リアリティの世界にトリップさせるものだ、というのが僕の考え方なんだ。
僕がバンド・プロジェクトや自分のソロアルバムで試みてきたのは、そういうことだったんだ。
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もちろん僕は、今出回っている、トランスのコンピレーション・アルバムが好きだし、自分でもアップテンポの曲を書くことがある。
でも、現在のように、あるビートやシンセのリフがあるから「トランス」だというパターンによりかかってしまうと、「トランス」音楽はただのファッションやカルト的で短命な流行として終わってしまうだろう。
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でも、トランスという音楽の方法論には、無限の発展の可能性があると僕は80年代の終わりからずっと言ってきたし、今もそう信じている。
トランスは、18-19世紀のクラシックや、60-70年代のロックのように、これから未来にどんどん発展して、一つの大きなジャンルになる可能性があると思うんだ。
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実際、トランスにはあらゆる音楽の要素を投げ込んで合体させることが可能だ。そこが、ジャズやハウスやヒップ・ホップやレゲエと違うところさ。そのためには、トランスの音楽家たちが自らの表現の可能性を自分で限定しちゃいけないと思う。
また、逆に言えば、僕のようなアーティストが音楽を創ることで、「テクノなんて」と、トランスや電子音楽に偏見を持っている、ロックやクラシックなどの、ダンス・ミュージック以外のリスナーにもトランスが聴かれるようになったらいいなと思っているよ。
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レコーディング |
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| Q: |
ところで今回、レコーディングは、どのように行われましたか? |
| AQi: |
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| Q: |
今回は、通常のシンセサイザー以外に、プラグイン(コンピューター・ソフトウェア)音源やDJ機材なども使ったそうですね? |
| AQi: |
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少しはね。でも、プラグイン音源は今の時点ではまだまだ未完成だし、使い勝手が悪い。サウンドは良い音源もあるが、ハードウェアと比べると、現時点ではイマイチで、メインの音源としては使えないね。
Lavalamp Records のアーティストはみんな、あまりプラグインに賛成じゃなくて、僕らはRoland JP-8000、Nord Lead、Access Virusなどのハードウェア・シンセサイザーをよく使っているね。
僕自身はここ数年、日本に戻るたび、ターンテーブルやグルーブ・ボックスなどのDJ機材を何台か購入しているんだ。Roland MC-808, 909などのグルーブ・ボックスはとくに気に入っているよ。
こういった機材は、ライヴ用と言うよりは、むしろサウンドの可能性を広げるための音源として使っているんだ。次のアルバムでも、きっと使うと思うよ。
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ゲスト・リミキサーたち、昔の仲間たちとの再会 |
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| Q: |
今回は、トランス・レイヴ・ドーターズ以外にも、スペースDJリョウ(ex-Far East Acid House Quartet)、Hypnotic Twinなど、豪華なリミキサー陣が参加していますね? |
| AQi: |
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| Q: |
リョウ(スペースDJリョウ)は、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットの元・メンバーで、彼はすでに10年ほど前に音楽業界を引退していますね? |
| AQi: |
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そうだね。リョウはこの10年間、音楽の仕事は一切やっていなかったんだが、僕がある日電話をかけて、リミックスをやって欲しいと言うと、「アキのアルバムで、Far Eastの曲なら俺は喜んでやるよ」とすぐにOKしてくれた。
つまり、仕事と再会が同時にできたわけで、これはうれしかったね。
だからリョウとは、バンド解散の時以来で、僕らはほとんど10年ぶりに再会したんだ。
僕ら二人はロンドンの街を並んで歩きながら、今から20年ほど前、1988年に僕らがバンドを結成した頃の想い出を喋ったりしながら、あの頃の雰囲気をもう一度、2007年のサウンドで再現してみようというアイデアを出し合ったんだ。 。
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だからFar East の代表曲、「Ibiza Breakfast」「Kama Sutra Part 4」などは、実は僕がヨーロッパに戻ったついでにロンドンへ寄り、リョウのロンドン郊外にある自宅スタジオに一週間ほど泊まって、ベーシック・トラックをレコーディングしたんだ。
ワインを飲んで昔話をしたりしながらの、とても楽しいセッションだったよ。
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日本の現在、過去、未来そしてメッセージ |
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| Q: |
今回は、日本のアーティストとコラボレーションしていたり、あるいは『Japanese Zippie Youth』のように、日本や日本人を対象にした曲があったりと、あなたの故郷である日本がフィーチャーされていますね。これは意識したものですか? |
| AQi: |
- ある程度はね。20年前、つまり1987年と言えば、僕は17才。日本を出て行った年でもあったんだ。
それ以後、日本には戻る機会はあまりなくて、主な活動エリアは、むしろヨーロッパやアメリカだった。
- その20年の間、ほんとうにいろんなことがあった。僕自身も変わったし、世界も変わったし、日本も変わった。
ここ数年、また日本に頻繁に戻るようになって、日本の社会の変化に僕は驚いた。問題はまだまだ多いが、大ざっぱに言えば、日本は全体にとても良い国になってきたと思ったんだ。
とくに、日本の若者たちだね。僕が17才の頃、僕のようなタイプの人間はアンダーグラウンドの少数派だったのが、ここ20年で完全に逆転してしまった。
今の日本の若者たちはみんな、とても優秀で、センスがよく、シャープな感性を持っていることに気づいたんだ。
彼らの中には、売れ筋のカラオケ・ポップスよりもエレクトロニック・ミュージックを愛し、死ぬまで会社に勤めるよりはクラブに通って、今この瞬間を楽しみたいという人がたくさんいるんだ。僕らの頃に「反体制派」と呼ばれたようなタイプの若い人たちが、今では7割を超えているんだ。
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だが一方で、日本にはまだまだ、古い世代の体質を持った、分からず屋の体制派の大人たちも数多い。若者の本能は自由奔放に思うがままに生きることだけど、それを疎外するような堅苦しい管理社会が、日本の旧体制の中には強く存在していると思う。
だから僕は、その若い子たちに「負けるなよ」と音楽でメッセージを送りたかった。そして、トランス・レイヴ・ドーターズのような今の二十代のアーティストとコラボレーションすることで、世代を超えたネットワークの実現を創るきっかけになればいいな、と思ったんだ。
- だからこれは、第一歩だよ。日本もまだまだ変わるし、世界もまだまだ変われるんだ。でもそのためには、もっともっとコミュニケーションを豊かにしなくちゃ。
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ニューアルバムの予定は? |
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| Q: |
ところで、2003年の大作『年代記(Chronicle)』以来、すでに現時点で4年が経過していて、あなたの純粋なオリジナル・ニューアルバムを期待しているファンも多いと思いますが、現在ニューアルバムはどれくらい仕上がっていますか? また、どんな内容になりそうでしょうか? 発売予定はいつ頃でしょうか? |
| AQi: |
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他のアーティストたちと同じに、もちろん僕も新作を創り続けているよ。ただ、現時点では詳しいことは、何も言えない。
でも予定としては、来年(2008年)には出せるといいなと思っている。
今回は、今までとは全く違ったものになるかもしれない。どうなるかは、僕自身にもまだ、わからないんだ。
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ただ、ジャンル的にはまたテクノと言うか、エレクトロニック・ミュージックに戻るだろうね。というのは、ここ十年以上、僕は、シンセサイザーという楽器の新しい可能性を研究しているんだ。とくに、90年代以降出てきた、ヴァーチャル・アナログ・シンセサイザーは、とても興味深いよ。
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90年代半ば以降、トランスやエレクトロニカのような新しいスタイルの電子音楽が登場し、ポピュラーになってきたが、その間、たくさんCDが作られた割に、シンセサイザーをほんとうに楽器として充分に使いこなした作品は、ほとんど出てこなかったと思う。
また、シンセサイザー自体も、大量生産化によって安価で高機能な製品がたくさん出てきて、人々の間に広く普及し、とても便利になったが、それが楽器としてどれだけ使いこなされてきたかというと、まだまだ未完成だと思う。
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一方で、振り返ってみると、僕らはこれらの新しいエレクトロニック・ミュージックに最初にトライした、パイオニア世代の中の一人でもあったと思う。
そういう先駆者の一人としての視点から、現代の電子音楽やテクノ・ミュージックというものを見つめ直した作品になりそうだ。
だからおそらく、『宇宙論(Cosmology)』とも『年代記(Chronicle)』とも、全く違った作品になるだろうと、僕は予想しているよ。
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